作成日:2021-03-03
今日もどこからともなく失敗の会話が聞こえてくる。
太郎さんはただいま商談の真っ最中。
顧客の面前で汗をかきながら、太郎さんは自社商品の価格の妥当性を訴えていた。
太郎さん「弊社の商品は、他社と比べて性能が1.5倍で、御社の生産性に大きく寄与します。ですので、弊社商品の価格は他社より高いのですが、きっとご満足いただけるはずです」
だが、顧客の担当者は一向に首を縦に振らない。
顧客「性能が他社と比べて1.5倍だからといって、価格も1.5倍というのは上司の承認をもらえない。せめて他社の1.2倍くらいじゃないとな」
このままでは埒が明かない。価格の値下げで許されている範囲は販売数量にもよるが、他社と比べて1.3倍くらいまで。他社商品と比べて1.2倍の価格ということになると、営業担当者の許容範囲を超えている。
ここで1.2倍の価格を提示しないと、きっと顧客は他社の商品を購入するだろう。本来は、許容範囲を超えている場合は上司の承認が必要だが、やむを得まいと思った太郎さんは、間をおいてこう切り出した。
太郎さん「わかりました。それでは1.2倍の価格でどうでしょうか」
結果、商談は成立した。だが、事務所に戻るなり、太郎さんは上司から大目玉を食らった。
上司「私に一言の相談なしに、許容範囲を超えて勝手に値下げしてはならないことくらいは知っているだろう。ともかく、この価格は認められない。すぐにも顧客に謝りにいって、契約を取り消してもらいなさい」
「報・連・相」は、「報告」「連絡」「相談」のそれぞれの頭の文字をとったもの。新入社員研修では必ず研修メニューに入っている。何か変わったことが起きたら必ず上司に報告、連絡、相談しなさいという意味だ。ただ、勤務経験が長くなればなるほど、「まっ、いいか」と手間を惜しんで、上司に「報・連・相」せずに良かれと思い、自分勝手な判断で実行してしまう。
近年、昔のような年功序列型の組織は無くなり、様々な人たちが職場で働くようになり、年齢や性別に関係なく上司と部下の関係になることが当たり前になってきた。
多くの企業では、役職定年になったベテランを、ベテランより年齢が若い上司が管理するようになった。本来、部下は上司の承認を得なければならないが、ベテランのほうが知識も経験も上回ることから、上司の判断を仰がず、勝手に判断して失敗につながるケースが少なくない。
その逆もある。知識や経験が浅い上司より自分のほうが知識も経験も豊富だという想いから、若手の部下が勝手に判断して失敗を引き起こしてしまうケースだ。
勝手な判断による失敗は、上司と部下とのコミュニケーションが足りないせいだと言う人もいるが、そういう問題ではない。どこまでが上司で、どこまでが部下の責任といった責任の所在をお互いがしっかり納得していないことが問題だ。
「報・連・相」で責任の所在をはっきりさせる
昔、私がグローバル企業の一端を担うスペインのアイスクリーム工場の改善を支援していた時の話だ。
会食していた時、脇で本部長と工場長が話しているのが目に留まった。本部長は工場に赴任したばかりのスイス人。一方の工場長は、長年工場に勤めているスペイン人。当然、工場のことについては、工場長のほうが隅々までよく分かっている。
会食もそろそろ終わりに近づいた時に、スイス人の新任本部長が強い口調でスペイン人の工場長に向かってこう言った。
「私が上司だ。だから、あなたは私の指示に従う義務がある」
それに対し、工場長は焦点が合わない目を本部長に向けたまま、声も出ないようだった。
その後、本部長は工場長に対して、今後は勝手に動くなということを言い聞かせていた。
日本のドラマに出てくるような、部下に対して押さえが効かない上司や、上司の命令を無視するような部下は、海外の企業では通用しない。即刻、クビを言い渡される。
海外の企業では年齢はもとより様々な人種が同じ職場で同じ方向に向かって仕事に取り掛かる。その際、主従関係だけでなく、お互いの役割と責任範囲について、お互いがしっかり認めていないと、組織として回らなくなる。そのことを海外の企業に勤める人たちはよく理解している。
日本は、いくつかの異なる人種の人たちが同じ職場で働くことはあまり多くないが、年齢や性別、経験、知識が異なる人たちが一緒に仕事を進めていくという点では、海外と同じだ。昔の日本は年功序列だったから、先輩、後輩の関係でどうにか仕事を回すことができた。
年功序列が崩れている今は、そうはいかない。主従関係および役割・責任をはっきりさせるために「報・連・相」を使う。基本的には、部下から上司に「報・連・相」があった場合は上司の責任、逆に部下から上司に「報・連・相」が無かった場合は、部下の自己責任とする。
主従関係や役割と責任の所在をはっきりさせることが、勝手な判断による失敗を抑え込むことにつながる。そのために「報・連・相」を根付かせることが大事だ。その際、口頭や電話といったアナログ的なやり方ではなく、デジタルを活用して「報・連・相」を確実に行う工夫が求められる。